4月・5月くらいに、ベランダに並んでいたり、夜に部屋の電灯に集まってくる、長い羽を持ったアリような虫を見掛けたことはないだろうか。
いや、むしろ今までいわゆるアリさんの羽有りバージョン、「羽アリ」だと思っていなかっただろうか。
アリにしては寸胴な気もするけれど、でもアリなんだろうなと思っていた彼ら。
確かに羽アリで間違いはないといえばないのだが、いわゆる普通に道で見掛ける、甘いものが大好きな黒いアリさんではない。キリギリスさんに優しく諭した黒いアリさんではないのだ。
彼ら実は、シロアリの生殖虫なのである。
日本で見られるシロアリの代表と言えばイエシロアリとヤマトシロアリであるが、生殖虫は色が褐色であったり黒に近かったりして、白い印象を持たないため、あまりシロアリに関わることのなかった人であれば、この虫がまさかシロアリであるとは気付かないのではないだろうか。
いわゆるよく見るアリを「アリ」、シロアリを「シロアリ」と定義して話を進めるが、アリの羽アリはハチにとても似ている。触覚はくの字に曲がっていて、胸部と腹部の間がかなりくびれている。また、羽は全部で4枚あるが、前の羽が大きく、後ろの羽は小さい。
一方シロアリの羽アリは数珠上の小さいものが連なったまっすぐな触覚をしており、寸胴である。アリと同じく羽は4枚あるが、すべて同じ大きさをしている。
アリがハチに似ているのは、もともとアリがハチ目に属していることからもわかるように、ハチの仲間であることに他ならないが、じゃあシロアリは何だというのか。何故ハチと似ていないのか。
それには凄惨な理由がある。
シロアリはアリの仲間ではない。
アリと同じように集団社会性を持つことから、「アリ」と呼ばれてはいるものの、実はシロアリ…
かのG様の仲間なのである。
ぱっと見アリだが、よくよく観察すると、G様に似ている。
ああしまったこれを言うと余計に嫌いになるではないか。
けれど仕方ない。事実は想像以上に残酷なものであるから。仕方ない。
シロアリの生殖虫たちは地上に降り立つと、羽を落とし、メスの出すフェロモンを元にメスを追いかけ始める。すると左図のように、きれいに並んで歩き出す。
電車ごっこのようでほほえましい…と言えなくもないのかも…しれない……つらい。
ちなみに通常のシロアリは光を避けているが、生殖虫に関しては走光性であり、光に向かっていく。その為、田舎にに行くと顕著だと思うが…電灯では発生時期にたくさんのシロアリさんの合コンを見受けることが出来る…つらい。
生殖虫の飛び交う季節は、どういうわけか家の網戸をすり抜けて室内に入ってくることもよくある。
こんな経験談がある。
かつて自然溢れる町に住んでいたA子さんが、夜に窓を開けて網戸を閉めうたた寝をしており、目を開けるとそこには彼らが大量に室内に進入し電気の周りを飛び交う光景が広がっていた。
彼女は軽くパニックを起こし、何故網戸をしていたにも関わらず羽を入れれば2cmもあろう彼らが室内にいるのかが理解出来なかった。彼女はこのとき、彼らがシロアリであるとは知らなかった。
彼女の家には殺虫剤というものが存在しなかった。
彼女は普段わりと室内に入ってきた虫は逃がすよう心掛けていたが、その時は何も考えられなかった。大量の虫たちを前に、冷静でいることが出来なかった。
そして彼女は布団たたきを手にした。
彼女はその聖なる武器を振り回し、電灯にむらがる彼らに攻撃を仕掛けた。
一心不乱に腕を振った。
テニスのスマッシュを決めるかのように何度も何度も。
そして電灯まわりに虫がいなくなったと思ったころ。
ふと床を見ると、羽を落とした…いや、彼女によってはらい落とされたシロアリたちは、床に列をつくり、まさに上の図のようになって歩いていた。
彼女はこのとき大層おそろしく感じたのだという。
スマッシュという過酷な攻撃を受けたシロアリたちは、さも平然と床を歩いていたのだ。列をつくり、ずらずらと歩き回っていたのだ。
羽を取った彼らはなんだか、幼虫のような…何とも不可解な生き物であり、どうにも受け入れがたいものがあった。
彼女はその時、冷徹なロボットであるかのごとく、シロアリたちの殲滅を開始した。
そうしてすべてを亡き者にした彼女は心に誓った。
「網戸は信用しない」と。
そし我に返った彼女は「ごめんね」と布団たたきを手に、呟いたのであった。
床に散らばる大量の羽を見つめながら―――
………。
アレ?虫をむやみに殺さないようにしようっていうサイトじゃなかっ……。アレ?
………………。
このように人をパニックに陥れるシロアリであるが、生殖虫においては目がありなかなかにかわいらしい顔をしている。生殖虫以外のシロアリには基本的に目がない。そして白い。そしてなんかよくわからん形状の頭を持った兵アリとかがいてこれもまたちょっと…見た目が…うん。
また、生殖虫はひとつのシロアリのコロニーの中のわずか3~5%しかおらず、決まった時期に彼らだけが巣外へ飛び立ち、人に姿を見せる。
それを踏まえるとレアな集団なのである。
なにぶん愛を持つには、我々の建造物に実害を出したりとなかなかに手ごわい相手ではあるが、シロアリの世界は大変に厳しい。
ひとつのコロニーで、個体が生まれ過ぎて兵アリや働きアリなど、各々の仕事をこなすアリのバランスが悪くなってくると、多すぎる分には餌を与えず餓死させる。
女王アリは卵を産み続ける存在であるが、卵の生みが悪くなると、こちらにも餌を与えず殺してしまうのである。
女王アリは脂肪がたくさんあって栄養豊富なので、死ぬと皆が喜んで食べる。
せちがらいのである。
非常にせちがらいのである。
「死にそうだから優しくして」なんて言葉は通用しないのだ。
役立たずは排除されるのみなのだ。
こんなせちがらい生き方をするシロアリたちを、自分に被害が及ばない範囲で愛してやれれば、何とも胸の温かくなる思いである。
長々と綴ったわけであるが、表題、まさかのシロアリであったという結論を持って、ここに締めくくらせていただくこととする。